北九州市門司区の歴史スポット和布刈神社

関門海峡に位置する和布刈神社に行ってみた

最近では門司港レトロを中心に観光スポットてんこ盛りの北九州市門司区。

門司も良いところ多いな~ 和布刈公園は北九州方面のドライブコースのひとつですね。

今回は和布刈公園麓にある和布刈神社に久しぶり訪れてみた。

和布刈神社

さまざまな視点で楽しめる場所ですね~ 

 

和布刈神社

和布刈公園の入り口を過ぎて関門橋のほうへ進みます。しばらくすると県道261号線に鳥居があります。ここからもうすぐ。

 

和布刈神社

しばらく進むと到着。

 

和布刈神社

立派な文字で和布刈神社と書かれていますね。和布刈の意味ですが、毎年旧暦正月元旦に神職3人が松明・桶・鎌をもって極寒の海に入り和布を刈り取り、それを神前にお供えし祭典を行うそうで。縁起物の和布を刈るという神事からきているのですね。お供えした和布を朝廷や領主に献上していた時代もあったそうです。

ワカメと言えば何を思い出しますか。私めはやっぱり味噌汁かなとか思うのですが、子供の頃はよく親から栄養があって髪が黒くなるからちゃんと食べなさい的なことを言われてましたね。当時は髪なんかもとから黒いわとか思ってましたが、白髪がちらほら見えだす年になると「おーワカメじゃー」とありがたがるようになりました。ということでわかめ大好きです。。

漢字で和布とはよくつけたもので、古くは縄文時代から食されていた事が明らかになっているほど、ワカメって日本人にとってはとても馴染み深いものなのですね~ ワカメの事を「め」といっていた時代もあるそうです。

ちなみに食文化の違う諸外国では侵略的外来種になってるそうです。栄養満点なのにもったいないw まあ私たちがブラックバスやウシガエルをあんまり好んで食べないみたいな感覚でしょうか。

和布刈神社

入り口からの様子です。敷地の向こうには対岸下関の火の山が見えます。

 

和布刈神社

ここ和布刈神社では人形供養と海洋散骨も行っているそうです。

海洋散骨出来るのは福岡では博多湾のほうとこちらだけかな?

知り合いの若い夫婦の奥さんが大病を患い若くして亡くなったのですが、生前に絶対墓には入らない!海に散骨するように旦那には頼んである!と豪語してたのを思い出しました。実際旦那さんは奥さんの望みどうり海洋散骨されたのですが、多様な時代で選択肢のひとつなのですね。

 

和布刈神社

和布刈神社拝殿です。後ろにそびえる岩肌と一体化しているような感じです。

主祭神は比賣大神(ひめのおおかみ)・日子穂々手見命(ひひほほてみのみこと)・鵜草葺不合命(うがやふきあえすのみこと)・豊玉日賣命(とよたまひめのみこと)・安曇磯良神(あすみいそらのかみ)となっています。

仲哀天皇9年に創建されたそうで、江戸時代までは速人社や隼人社とか呼ばれていたそうです。

門司区は本州と九州をつなぎ、瀬戸内と玄海を結ぶ大事な要所・航路ですので戦国時代は争奪戦が激しかった地域ですが、地元の門司氏はじめ大内氏、毛利氏、細川氏、小笠原氏と時代ごとの領主に大切にされてきたようです。

 

和布刈神社横から本殿を。

 

和布刈神社

和布刈神事が行われる場所ですね。海へと続く階段があります。

 

関門海峡

壇ノ浦の戦いの舞台となった関門海峡。上には関門橋が九州と本州を繋げています。

目の前を大瀬戸といいますが潮の流れが激しくて、対岸までの距離が近い。一番狭いところで600mほどだそうです。

まあ泳いでは渡れません。。

 

和布刈神社

松本清張文学碑には小説時間の習俗より「神官の来ている白い装束だけが火を受けて、こよなく清浄に見えた。この瞬間、時間も、空間も、古代に帰ったように思われた。」の一文が刻まれています。

和布刈神社砲台跡の碑があり戦時中はここにも砲台が置かれていた事を後世に伝えています。

 

和布刈神社

拝殿を見上げてみると、和布刈神事の際は関門の激しい流れを鎮めると伝わる龍神を表したものでしょうか。木彫刻で龍の姿が刻まれています。

 

和布刈神社

と見所の多い和布刈神社から対岸にある火の山を眺めてみました。 

以上、北九州市門司区にある奥深い歴史あるスポット和布刈神社でした!

和布刈神社場所↓ 和布刈神社HP