熊本県護国神社|熊本県熊本市中央区|熊本県内65000余柱の守護神

明治・大正・昭和の幾多の事変戦争において殉没された熊本の英霊を祀る護国神社

熊本城西側に位置する宮内に鎮座する熊本県護国神社へと参拝してきた時の様子。

こちらには明治・大正・昭和と度重なる戦争において殉没された英霊が静かに祀らています。以下由緒は熊本県護国神社サイトより抜粋↓

明治維新以来の殉国烈士の御霊を奉斎すべき勅旨を奉戴し、肥後藩主細川韶邦公、細川護久公が花岡山に祀宇を建立し、宮部鼎蔵命をはじめ150柱を斎祀したのを起源とする。

 

私は恥ずかしながら数年前までは戦没者慰霊碑を見ると、なんだか触れてはいけないような可哀想だなという感覚があったんですよね。これも戦後のGHQが仕込んだ自虐教育・洗脳教育の成果でしょうかね。日本がした戦争は悪かった、日本軍人は悪かったという刷り込み。

だがそれは間違っているということに気がつきました。きっかけは何だったかはっきり覚えてませんが。戦国時代に興味を持ちだしてしばらく経ってからかな。好きな戦国武将から広げていき日本全国ひととおりの名の知れた人物等を知ると時代を行ったり来たりしたのですが、近現代史にたどり着くまでにずいぶん遠回りしたように思います。なぜなら近現代史には触れたくないという気持ちがどこかにあったから。まさにGHQの洗脳工作・後の自虐的歴史教育の思うつぼですね。

まだ学ぶことは多いですが事実の近現代史を知ることが出来て良かった。当たり前ですがもろに現代社会につながっているから。様々な矛盾や謎が数年前よりは理解できるようになりました。

私のように歴史には興味があるが近現代史は嫌いという方は実は多いのではないでしょうか。そういった方々にはぜひ近現代史を学びなおしてほしいと思います。戦後の学校教育では隠匿や捏造されたりしてきた歴史事実がたくさんあって興味深いし、いやいやこれを教えておかないとだめでしょという事柄もじつは多いのです。ネットの政治のブログランキングなど見れば現代社会につながる史実を伝えてくれるブログも最近は有り難いことに多いです。

で、そういった事実を知ると(あくまで私の場合ですが)英霊に対して可哀想という感情だったのが、有り難うございましたという感謝の気持ちに変化しました。可哀想とは弱い者に対して同情をよせその不幸な状況から救ってやりたいと思うさまという意味があります。この可哀想という言葉は家族・友人・故郷・日本という国を守るために、覚悟を決め戦地へ赴き勇気をもって戦い戦没した英霊に対しては失礼にあたる。今の私達が日本という国で日本人として今存在するのは、逃げずに戦ってくださった先人達のおかげです。なので感謝の言葉しかありません。そういう気持ちで向き合うことが出来るようになりました。

仮に先人が皆して逃げていたらどうなっていたでしょう?武力によって侵略され言論も文化も思想も弾圧され、日本人は奴隷として扱われ虐殺され日本語を話すことさえ日本語の存在さえ国ごと無くなっていたことでしょう。考えただけでも恐ろしい話ですね。

少し長くなりましたが、そういった英霊への感謝の気持ちを伝えに熊本県護国神社へ

熊本護国神社

熊本護国神社の鳥居です。

 

熊本護国神社

狛犬と標柱です、震災の影響で石柱など倒れた個所もまだまだあり復興中。

 

熊本護国神社

ちょっと変わった感じもする狛犬ですが台湾式とでも言いましょうか、こちらは台湾の戦友会より奉献された狛犬です。子連れで左前脚は子とじゃれ合ってる愛らしい感じかな。台湾山砲兵第四十八聯隊と台座に刻まれていました。大東亜戦争時は台湾人と日本人は手を携え連合国と戦いました。日本人にとって台湾人は大切な戦友で、こちらの熊本県護国神社には台湾人関係の慰霊碑が多いのですよ。

 

熊本護国神社

境内の様子。

 

 

熊本護国神社

熊本県海軍戦没者慰霊碑。

 

熊本護国神社

熊本県英霊顕彰館。霊魂不滅!英霊に感謝の誠を捧げましょうの力強い文字が。

 

熊本護国神社

熊本県護国神社の社殿になります。

 

熊本護国神社

開運招福。

 

熊本護国神社

第二十三師団之碑と二宮金次郎像。

 

熊本護国神社

歩兵第ニ二五聯隊慰霊碑。

 

熊本護国神社

台湾歩兵第二連隊之碑。英霊軍旗と共にここに眠るの文字。

 

熊本護国神社

パナイ島戦没者之碑と重砲兵部隊之碑。

 

熊本護国神社

社殿は震災の際になんとか持ちこたえてくれたようですが、木で支えられた箇所も。

 

熊本護国神社

馬!

 

熊本護国神社

台湾軍の忠魂碑と新風連拳兵本陣跡碑。

 

熊本護国神社

菓祖新宮神社 御神体 田道間守 お菓子の神様だそうです。

熊本城旧城下町には上・中・下と職人町通りがあり、その中の中職人町(現新町)はお菓子の町・お菓子職人の町として親しまれ栄えたそうです。

 

熊本護国神社

不動岩のさざれ石。熊本県山鹿市に直立している不動岩の欠片だそうで国家の君が代に詠まれるさざれ石と巌を伝えています。

君が代は千代に八千代に細石(さざれいし)の 巌(いわお)と成りて苔(こけ)の生(む)すまで

一億年前の不動岩の周辺は海で長い年月をかけて細かい石が岩となる。不動岩は君が代の歌詞のルーツではないかと言われているそうですよ。

 

以上、熊本護国神社にて英霊へ感謝の気持ちと護国をお祈りして来た時の様子でした。

 

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