魚鳥池神社|北九州市若松区払川|神功皇后が魚や鳥の遊ぶさまに心和らいだ伝説

神功皇后が熊襲征伐のさいに洞海(くきのうみ)で干潮によって舟が進まなくなってしまう

神功皇后にまつわる魚鳥池神社(ぎょちょうがいけじんじゃ)に行ってみました。熊襲征伐のさいに長門より洞海湾に入り江川を通って芦屋に行く途中の出来事で、以前に当ブログでちょっと書いた高倉神社の2神である大倉主命・菟夫羅媛命が舟を止めたとされる場所です。もうちょっと芦屋町寄りだと思っていましたが、この辺だったのですね。しかも神功皇后は仲哀天皇と別々に行動していたようです。そうだったのか、以前ブログに一緒だと書いてしまいましたね。。

で、その際に案内役の岡県主の祖である熊鰐が神功皇后に嫌疑をかけられ、恐れおののいた熊鰐はすぐさま魚池・鳥池をつくり魚や鳥を集め遊ばせ神功皇后を和ませたという伝説です。後世の人はその池を魚鳥池と呼び、石を組み井戸にしたそうです。魚鳥池神社と魚鳥池は少し離れた場所にありますが、見学できるように整備されてあります。

場所は県道26号北九州芦屋線の払川交差点を洞北中学校のほうへ入った場所になります。県道から入って2本目の十字路の右手に住宅がありますが、その横に魚鳥池があります↓

魚鳥池神社

県道26号払川交差点から入ってくると右手に洞北土地改良区記念碑があり、そこから歩いて入っていくと魚鳥池です。

魚鳥池神社

池といってもこのように井戸跡のような感じです。かつてこの辺りは汐の入口で貞享年間(1684年~1688年)に干拓され新田となったそうです。どんな時も枯れることなくおいしい水が湧き出たため、神功皇后の遺徳の賜物と敬まれてきたそうです。

入ってきた道路に戻り正面(西側)を見ると、魚鳥池之碑があります↓

魚鳥池神社

魚鳥池から2,300mくらいかな~田の中にぽつんとあるのでわかるかと思います。魚鳥池の伝説を後世に伝え残すために明治35年に建立されたそうです。

 

魚鳥池神社

ちょっと離れたところから周辺を見てみました。一面に田畑が広がる場所ですが左手の丘に魚鳥池神社、真ん中に魚鳥池之碑、右側に洞北中学校です。

 

魚鳥池神社

先ほど見た魚鳥池の方面です。背後は石嶺山の西側に位置する山々で 弥勒山・花房山・岩尾山かな?とあるそうですが、どこからどこまでなのかは詳しくわかりません。

 

魚鳥池神社

神功皇后にまつわる国見岩のある皿倉山や権現山方面です。この時は皿倉山系をそのままひっくり返したような雲が印象的でした。

 

魚鳥池神社

西側の芦屋町方面です。

 

魚鳥池神社

魚鳥池神社がある一帯です。魚鳥池の説明によると創建時周辺は松林だったそうですが、今では松の木はないようでした。

 

魚鳥池神社

魚鳥池神社の一の鳥居になります。

 

魚鳥池神社

魚鳥池神社の扁額です。

 

魚鳥池神社

魚鳥池神社の境内になります。

御祭神 神功皇后 市杵島姫命 素盞鳴大神 高龗神 大己貴命 猿田彦大神

 

魚鳥池神社

狛犬。

 

魚鳥池神社

拝殿です、周辺の方に大切にされてあるだろうことがうかがえますね。

 

魚鳥池神社

本殿です。

 

魚鳥池神社

境内から正面を見たところで丘の上はひびきの北九州学術研究都市あたり、そこから手前の江川にかけては宅地開発が行われもう数年すればまた違った景色となりそうな感じでございました。

来た道を戻り払川交差点から江川のほうへと行ってみました。

 

魚鳥池神社

平成26年7月に竣工された新しい払川橋。

 

魚鳥池神社

払川橋の上から洞海湾方面を見たところで河川工事が行われています。

 

魚鳥池神社

芦屋方面、ここから先を左へ右へと流れ途中で曲川と合流し最終的に遠賀川とつながります。

神功皇后の舟が進まなくなり、岡の県主熊鰐が魚や鳥を集め遊ばせ怒りを鎮めたとされる魚鳥池神社と魚鳥池周辺でした。

魚鳥池神社 福岡県北九州市若松区払川286→グーグルMAP