北九州市若松区にある遠見ヶ鼻・妙見埼灯台・御嵜神社

若松北海岸にある絶景&パワースポット遠見ヶ鼻

響灘に面した人気スポット遠見ヶ鼻に行ってみました。

 

遠見ヶ鼻

岩屋海水浴場から見た遠見ヶ鼻がある一帯を見たところで、岬の上にある建物はかんぽの宿北九州になります。位置的にはかんぽの宿の若干北側になります。

 

遠見ヶ鼻かんぽの宿のあたりにある岩屋・遠見ヶ鼻の芦屋層群の説明パネル。この周辺一帯の芦屋層群は今から2500~3200万年前の日本列島が大陸から離れて形成された根拠になるそうで福岡県指定天然記念物に指定されています。

 

遠見ヶ鼻

かんぽの宿の前の道を奥へ進んだところで入口になります。右の鳥居はここ遠見ヶ鼻に鎮座する御嵜神社の鳥居でこの時は参道整備の工事が行われていて通行止めになっていました。遠見ヶ鼻へ行く途中に御嵜神社へと続く小道があります。

 

遠見ヶ鼻

白い看板が見えてきますが真っ直ぐ進むと妙見埼灯台のある遠見ヶ鼻へ、右の小道へ入ると御嵜神社へと行くことが出来ます。先に御嵜神社へ行ってみたいと思います。

 

遠見ヶ鼻

少し歩くと御嵜神社が見えてきます。御嵜神社ですが「みさきじんじゃ」と読みます。

 

遠見ヶ鼻

御祭神 天忍穂耳命 伊邪那岐命 伊邪那美命 邇邇藝命 火火出見命 須佐之男命 事代主命 息長帯比売命 勝村大神 勝頼大神となっています。

なんだか凄い感じがしてきましたね、天忍穂耳命(アメノオシホミミノミコト)は稲穂の神・農業神で別名『古事記』では正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミ)、『日本書紀』では正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊となっています。アマテラスの長子で後にアマテラスに中つ国への降臨を命じられますが拒否して結果的に若い我子であるニニギノミコトに譲ったのが天孫降臨の始まりです。マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミとやたら長い名前はスサノオがアマテラスとの誓約に勝った際に「正に我勝つ、その勝つこと日が昇るごとく速し」といったことが名前の由来と言われています。

天忍穂耳命が祀られているのはあまりこの辺では見ないよな~と思っていたら、天忍穂耳命・伊邪那岐命・伊邪那美命の組み合わせは県内唯一の神宮である英彦山神宮と一緒なんですね。この響灘に面した端っこに鎮座する御嵜神社が英彦山神宮とつながるのは不思議な気もしますね。

また現在御嵜神社をみておられ同区蜑住(あますみ)に鎮座する、天の岩戸神話で有名な天手力雄大神・天児屋根大神を祀る戸明神社がすぐそばです。(大きな岩を開けたことから開運の力神様として有名で元大関魁皇や琴奨菊も過去に参拝。)福岡県内では島郷といわれるこの地域にだけお祀りされているという天手力雄大神。戸明神社の元宮は少なくとも西暦1528年以前は、岩屋と柏原の間にある戸明浜にあったそうです。戸明浜ってどこだ~おそらくは現在の夏井ヶ浜はまゆう公園辺りだとは思いますが正確にはわかりません。。

あと息長帯比売命(神功皇后)・勝村大神・勝頼大神の勝村大神・勝頼大神の祭神は現在の北九州エリアではあまり見ないような気がします。こちら三柱の組み合わせは福津市の宮地嶽神社の御祭神で、周辺は安曇(あずみ)族の本拠地でもあり、勝村大神・勝頼大神の2柱は神功皇后の時代に活躍した安曇族。安曇は海人津見(あまつみ)が転訛したものとされますが、神功皇后時代の洞海湾一帯は熊鰐族が治めていた一方でその後の時代に安曇氏の支族が一部移りこんだ経緯もあったのかな。(まあ距離的には近いし神功皇后の旗手の元に熊鰐族・安曇族・宗形族や住吉族・物部系氏族が協力体制であったと考えればなんら不思議でもないかもですが謎)神社はその時代・地域によっての様々な背景があり奥が深いな~w

いずれにせよこの地が宮地嶽神社の御祭神ともつながるのが現在となっては不思議な気もしますね。

そんなマニアックな歴史ロマンを感じさせる御嵜神社ですが、拝殿の由緒を見てみると縁結び・夫婦円満の御利益があるようですよ。

周防灘に面している当社は、古来より海上安全・豊漁豊作の神社として信仰を集めてます。なお、宮司が伝え聞いている話によると、社殿は古く海を向いていたとされます。社殿の向きが変わった理由は不詳ですが、市教育委員会の調べによると以下のような言い伝えがあるとされています。
夫婦神の夫神が遠見ヶ鼻の夕日に心を奪われ、婦神が嫉妬し海難事故が多発したそうです。そこで村人が社を今の灯台の位置から現在の場所に移し、夕日の見えないように陸向きに建立したそうです。この事によって夫婦神は元どおり仲良くなり、縁結び・夫婦円満の願いを叶えてくれるようになったとされます。
この夫婦神の話がいつ頃からどのように伝わっているのか定かではありませんが、伊邪那岐命・伊邪那岐命を祀っている事、夕日が綺麗である事や、各祭神に対する信仰があわさってできたものと考えるのが自然かもしれません。引用:御嵜神社境内由緒

と、縁結び・夫婦円満の御利益があるようです。遠見ヶ鼻一帯含めてパワースポットであることは間違いないようです。では長々となりすぎましたが遠見ヶ鼻周辺の様子をお伝えしたいと思います。

 

御嵜神社

御嵜神社のすぐ下の千畳敷きと響灘です。

 

御嵜神社

千畳敷きから見た鳥居と社殿です。鳥居の扁額には妙見社と書かれてありました。北辰北斗信仰の時代もありむかしは北極星も尊崇してたようですね。明治時代の神仏分離の際に社名が変わったのかな。

 

御嵜神社

御嵜神社の拝殿前です。お守りなどは付近一帯の総社でもある筑前若松・戸明神社で受付てあるようです。

 

遠見ヶ鼻

御嵜神社を参拝して遠見ヶ鼻へきたところ。おしゃれな休憩所があります。

 

遠見ヶ鼻

地層に残された大むかしの嵐の跡の説明がされています。

 

遠見ヶ鼻

ストーム堆積物の先に響灘の海が広がる見事な景観です。

 

遠見ヶ鼻

遠見ヶ鼻の妙見埼灯台です。昭和41年に建設点灯されて以来船舶の安全を見守っています。江戸時代はこの場所を遠見番所として密貿易監視や難波船など異変に備えていたそうです。

 

遠見ヶ鼻

青空に白い灯台が映えますね~ 夕景も良い場所です。

 

遠見ヶ鼻

ただこんなに晴れていても北西からの風が凄いです。この場所に海に向かって社を建て維持させるのは困難だったことがよくわかります。

以上、様々な時代の転換を垣間見ることができる展望&パワースポット!の遠見ヶ鼻・御嵜神社・妙見埼灯台でした。

遠見ヶ鼻 福岡県北九州市若松区有毛 若松区有毛2829→グーグルMAP