遠賀郡芦屋町山鹿にある大君神社

安徳天皇一行が大宰府落ちの際に仮御所とした地・大君神社

遠賀郡芦屋町山鹿に安徳天皇に関わる場所があります。

都落ちした安徳天皇をいただいた平家一門は大宰府も引きはらい箱崎・香椎・宗像・垂水峠・内浦を経て山鹿兵頭次秀遠の居城である山鹿城へと迎えられます。その際に山鹿秀遠が茶臼山に行在所を設けたのが現在の芦屋町大君地区になります。すぐにこの場所も危ういと見て引きはらうまでのひと月ほどの間、安徳天皇と平家一門はこの地に滞在します。安徳天皇はこの時6歳、慰めるために麓に花を植えたとされるお花畑という場所もあったそうです。

創建時期は不明ですがその大君の地に創建された安徳天皇を偲んで祀る大君神社があります。大君という地名は安徳天皇に縁があるのですね。北九州市門司区大里(だいり)も安徳天皇にちなんだ場所で内裏が元の地名で現在の由来となっています。

 

大君神社

県道202号線江川沿い大君の信号を山のほうへ入っていきます。芦屋から高須のほうへの近道となっているのか場所の割には車がよくとおる道路沿いの右側に安徳天皇行在所址碑があります。

 

大君神社

安徳天皇行在所址と書かれた碑がある向い側に大君神社が鎮座してます。

 

大君神社

大君神社のほうを見たところです。この地は明治27年頃に開抗した大君炭鉱として産業を支えた時代もあり、日炭高松第五抗大君炭鉱として昭和37年に採炭が打ち切られるまでは石炭を産出していました。当時は水巻町の頃末までトロッコ汽車用の線路も敷設されていて石炭や人を輸送していたそうです。

 

大君神社

大君神社の鳥居です。右側の立て看板には土砂災害警戒区域と書かれてありました。

 

大君神社

大君神社の神額です。

 

大君神社

大君神社へと続く参道です。

 

大君神社

社殿のある山頂まではこのような感じです。

 

大君神社

途中右手谷側に人為的に盛られたような場所がありましたがなんであるかよくわかりません。

 

大君神社

山頂付近の社殿になります。

 

大君神社

こちらに御祭神の安徳天皇が祀られてあります。

 

大君神社

地元の方でしょうか、日常的に参拝されてあるようです。

 

大君神社

こちらには大山祇大神も祀られてあったそうですが、炭鉱閉山とともにどちらかにご遷座されたようですね。

 

大君神社

時期は不明ですがここ芦屋町の方が安徳天皇を偲んで創建したという大君神社。比較的奥にはいった寂しい場所にありますのでどうかと思いましたが、地元の方でしょうか定期的に参拝されて大切にされているようでしたのでなによりでした。

そんな平家の人々もお里である兵庫の芦屋と重ね合わせ懐かしがったという、遠賀郡芦屋町山鹿に鎮座し安徳天皇が祀られている大君神社でした!

大君神社 福岡県遠賀郡芦屋町山鹿→グーグルMAP

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