中間市にある月瀬八幡宮・猫城址

中間市にある菅原道真公にも関りがある底井野に鎮座する月瀬八幡宮

中間市底井野に鎮座する月瀬八幡宮は、福岡藩二代目藩主の黒田忠之が寛永15年(1638年)現在の底井野小学校のあたりに別館を立てる際に宇佐八幡宮より御分霊を祀ったのが始まりです。

ここ底井野の地名は菅原道真が大宰府に左遷になった際に立ち寄り、付近にあった井戸を覗き込み思ったより老け込んでいない自身の姿を見て喜び、実に清き底井かなと言ったことが由来となっているそうです。

戦国時代は高さ20mほどの丘陵に猫城があり、年代は不明ですが当初は麻生氏の属城として築かれます。戦国時代の末頃には岡城まで進出した宗像氏(氏貞)と麻生氏(元重)の間で戦があり、結果的に遠賀川を境に東を麻生氏、西を宗像氏が領することとなり猫城には宗像氏家臣が入城します。その後は宗像氏(氏貞)と大友氏(立花道雪)の間でも戦があり戦国時代全国各地の例にもれずこの地も大変な時期がありました。

 

月瀬八幡宮

垣生公園のほうから向かった時の月瀬八幡宮・猫城址の全景です。可愛い感じすらしますが、戦国時代頃周辺はまだ湿地帯でかなり攻めにくい城だったようです。敵を攻めるときは低く、守るときは高く感じたことがちょうど猫の姿に似ており城名の由来になっています。実際訪れてみるとなるほどと思ってしまいましたw

 

月瀬八幡宮

月瀬八幡宮参道口で、鳥居が2つ並ぶような感じになっていますが一方は恵比寿宮です。これを書いているときに写真を眺めていて気がつきましたが後ろにある社務所兼居宅でしょうが、屋根部分のデザインが猫耳になっている!ような気がしますね。真意のほどは定かではありませんが、この地が歩んできた歴史に対しての細やかな配慮と愛が感じられます。

 

月瀬八幡宮

月瀬八幡宮の鳥居です。この時は参道脇の紅葉も良い感じでした。

 

月瀬八幡宮

参道の石段を登っていきます。攻めるときに高くなるという感じがわかる、なかなかの急な石段です。

 

月瀬八幡宮

石段を下から見上げてみるとこんな感じです。

 

月瀬八幡宮

石段途中には稲荷神社もあります。

 

月瀬八幡宮

石段を上ったところです、城址的に言えば二の丸ですね。

 

月瀬八幡宮

石段を上って振り返って見たところです。月瀬八幡宮のある丘陵周囲は基本このような感じで急勾配でした。

 

月瀬八幡宮

左側に猫城址碑がありました。

 

月瀬八幡宮

狛犬です。

 

月瀬八幡宮

月瀬八幡宮の拝殿になります。月瀬という神社名は御分霊を祀ってある宇佐八幡宮境内を流れる月瀬川にちなんで付けられたそうです。

福岡県神社誌によると御祭神 品陀和氣命(応神天皇)・比畔大神(菊理媛神)・息長足姫命(神功皇后)

また中間市唐戸町水門近くにあった惣社宮も合祀されているそうで、そちらの惣社宮HPによると御祭神が大己貴大神・須佐之男命・稲田姫命・天照大神他となっています。

様々な神様が祀られているようですね。

月瀬八幡宮

月瀬神社と書かれた神額です。

 

月瀬八幡宮

月瀬八幡宮の本殿です。

 

月瀬八幡宮

御神木も根をしっかりと張っているようです。

そんな地域周辺でも親しまれているであろう月瀬八幡宮・猫城址は中間市垣生公園からも近いと思いますので近くに立ち寄ったさいは訪れてみてはいかがでしょうか。 猫城址といってもさすがに猫は見かけませんでしたが、私なら猫を飼ってる方にもお勧めしたいな~

そんな中間市底井野にある月瀬八幡宮でした!

月瀬八幡宮 福岡県中間市上底井野1696−1→グーグルMAP

詳しくは→月瀬八幡宮HP