遠賀郡芦屋町にある神武天皇社

遠賀郡芦屋町にある戦時中に焼失し再建された神武天皇社

神武天皇が東征の際に関わる場所でもあります。

芦屋町正門町に鎮座し、すぐ西に航空自衛隊芦屋基地があります。旧陸軍飛行場が出来る前このあたりの松林は鈴の松原と呼ばれていて、今は飛行場建設で消えてしまった御手水池や姫ヶ田圃・大塚古墳・天狗の切り松などあり赤間や波津に続く県道があったそうです。

今や無くなってしまった御手水池で神武天皇が(後の仲哀天皇や神功皇后も)身を清め、宗像三神に祈ったという伝承もあります。この御手水池ですが、不思議な池だったらしく砂丘の盆地にありどんな時でも水を枯らすことがなかったそうですよ。近世になるとその水で酒を造ったり、洗濯に利用されていた時期もあるそうです。

今では当時を想像することも難しいですね。

 

神武天皇社

神武天皇社、参道入口の一の鳥居です。

 

神武天皇社

神武天皇聖蹟崗水門の碑。崗水門とは日本書紀に出てくるこの周辺の呼び名。

 

神武天皇

神武天皇社鳥居の扁額です。

 

神武天皇社

無駄な物が多すぎる現代社会に対して、これで十分事足りると訓示されている気さえしてくるシンプルな境内です。

 

神武天皇社

福岡県神社誌によるともとは西南約200mほどの若宮と呼ばれる森の中に小祠があったそうで(現在の芦屋基地主要建物あたりかな?)、延享2年に社殿を再興し明治14年に村社、大正10年に縣社に昇格したと記載されています。

戦国時代にはこの地も戦火にあったのでしょう少祠となっていたのを江戸時代にこの地の豪商を中心に土地を賜わり社殿を再興したという歴史があるのですね~黒田藩からの崇拝も篤かったそうです。

飛行場造成の際に現在の場所に御遷座されたと思われますが、昭和20年6月頃(芦屋町制100周年記念誌には5月14日とも)に飛行場を襲った米軍の空襲で社殿が焼失、芦屋の産土神である岡湊神社に御神体を奉斎し祭祀は続けられてきたそうです。

 

神武天皇社

平成12年12月8日皇紀2660年遷座祭。神武天皇の御分霊をを奉斎す。御神殿の材料は伊勢神宮よりの撤下材を拝受使用されてあるそうです。

 

神武天皇社

鳥紋がデザインされた紅白の神武天皇御神忌二千六百年大祭の旗が社殿にマッチしていますね。 シンプルイズザベストと俗世間にまみれている私なんぞはそんな表現しか出来ませんが、良い雰囲気そして空気感です。

 

神武天皇社

神武天皇社の本殿です。この場所をマップで見ると航空自衛隊芦屋基地の正門傍で守るように鎮座されてあるのですよね~(もちろん飛行場設計の際に思慮されたのでしょうが)

以上、遠賀郡芦屋町にある戦時中に社殿を焼失するも再建され神武天皇(神日本磐余彦天皇)が祀られている神武天皇社でした!

神武天皇社 福岡県遠賀郡 芦屋町正門町14→グーグルMAP

 

ブログ内容とはほとんど関係ありませんが、学生時代の近代史授業で満足して終わってる方はこの辺は読んでおいたほうがいいと思いますよ↓当事者がよくぞ書いてくれたと涙し、最近の若者が疑問に思い自主的に学びたどり着く学校が教えない真実が書かれた歴史の書。というか学校も全国の図書館も全シリーズ置いておきなさいと言いたいところですが。。

活字嫌いにはマンガだし、漫画なんか読まないよ的なクラスタにはなおさらおすすめw歴史認識の違いで親子喧嘩なんか勘弁ですしね。。