福岡県宗像市にある山田地蔵尊増福院

戦国騒乱の時代の中で起きた悲劇・山田事件で知られる山田地蔵尊

春には桜の名所としても知られる山田地蔵尊増福院に行ってみました。

山田地蔵尊の由来を増福院のWEBサイトより引用すると

戦国時代の天文二十年(1551年)、宗像大宮司氏雄の正室菊姫と母、侍女四人が家督争いに巻き込まれ山田の地で惨殺されました。
その後、殺された六人の怨霊が出没するようになり、この惨劇に加担した人たちは、祟られて死んだと伝えられています。
怨霊を鎮めるため六地蔵を作り、増福院へ安置し、ようやく祟りが収まったという事です。
地蔵尊として祀られてからは安産子育、厄除や子供の息災、諸病平癒など霊験あらたかで、参拝する人が絶えません。

となっています。

この時代は大内氏の内部で文治派と武断派の間で争いがあり、陶晴賢が謀反によって大内義隆を自刃に追い込み一時的に台頭した時代でもありました。それに巻き込まれるような状況もあったのでしょうが、この時代の宗像氏は戦国史的にも興味深いところでもありますね。

山田地蔵尊

山田地蔵尊増福院です。春には桜がたいそうきれいだそうですよ。駐車場手前には長年宗像氏が本城としていた白山城址登山道入口があります。

 

山田地蔵尊

本尊 六地蔵尊です。上記にあるような説明がなされてあります。

 

山田地蔵尊

入口にある手水堂ですが、水が出るところがひょうたんになっています。

 

山田地蔵尊

妙見山増福院の本堂です。落ち着いた雰囲気のある静かな場所ですね。

 

山田地蔵尊

梵鐘は1514年に明国で作られたものだそうです。

 

山田地蔵尊

子育て地蔵尊です。

 

山田地蔵尊

こちらの観音堂の横から宗像家菊姫様六女の祭墓所のほうへ向かいます。

 

山田地蔵尊

一段高い場所に墓所があります。

 

山田地蔵尊

ここが山田局・菊姫・侍女の墓所になります。

 

山田地蔵尊

静かに手を合わせて下をふとよく見るとこちらには小さな狛犬がいました。

 

山田地蔵尊

隣には古いお地蔵がありましたが、こちらが戦国時代の当時に作られたものでしょうかね。

 

山田地蔵尊

当院歴住諸位大和尚と書かれてありお墓がたくさん並んでいます。戦国時代の山田事件からの長い歴史を感じさせますね。

 

山田地蔵尊

菊姫様墓所から増福院を見渡したところですが、とても良い雰囲気の場所でしたね。

以上、宗像市にある山田地蔵尊増福院でした!

山田地蔵尊増福院 福岡県宗像市山田700←グーグルMAP

詳しくは山田地蔵尊増福院WEBサイトをご覧ください。