遠賀郡水巻町にある久我神社

遠賀郡水巻町に久我神社に行ってみました

場所は水巻町古賀にある豊前坊山中腹にあります。

 

久我神社

豊前坊山を眺めたところ。

 

久我神社

久我神社への道はこのようにかなり道幅が狭いですが、神社脇に車を止めるスペースがあります。

 

久我神社

坂道を登りきったところに久我神社があります。久我神社鳥居。

 

久我神社

久我神社境内にある由緒を見てみると

御祭神 彦火火出見尊・彦波瀲武鸕鷀不合尊・玉依姫命 

他にも多くの神社祭神を合祀しています。

神社創建時期は不祥であるが、社伝によれば神功皇后征韓の途次、筑紫岡湊に御滞在の折、当古賀村に三神鎮座を聞召し、今の字惣仙洞にて釣り上げられた鱸(すずき)を蓼(たで)の穂と共に神前に供えられ征討の勝利を祈られたとある。
この遺風が穂蓼の神事である。これは神前において蓼の葉を刻みて顔面に塗り皮膚への滲み具合によって其歳の豊凶を占う神事であるが、現在は途絶えている。
この神社は中古の御世古賀、朳、頃末の三村の産土神として広く崇められ、又、筑前山鹿城主麻生氏の出城が久我嶽の山頂にあり崇敬殊に厚く郡中七大社の一つであった。
当時本社は区の南方久我嶽の麓にあったが、落石による社殿の破壊度々なるを以って三村に分祀される事となり、頃末には元亀2年(1571年)に、朳には天正16年(1588年)社殿が設けられた。同時に本社も字亀の甲に御遷座申し上げた。
又宝暦9年(1759年)それ迄伊豆神社と称していたのを久我大明神と改めた。
明治43年本社を今の地に御遷座併せて豊前坊山にあった高住神社(旧豊日別神社)及相殿疫神斎字京原鎮座の多賀神社字惣仙洞鎮座の貴船神社及各神社の境内社を合併合祀した。
この大神は古来安産の神様として崇められ古賀村には難産の煩いがないといわれる。

神功皇后にゆかりのある神社であるのですね。

 

久我神社

久我神社境内の様子。

 

久我神社

手水舎。

 

久我神社

久我神社社殿です。

 

久我神社

神額には久我宮と書かれてあります。

 

久我神社

久我神社本殿。

 

久我神社

こちら久我神社には戦時中戦闘機が離陸したあと神社境内に墜落炎上したそうで、写真はその時の神門だそうです。

栗根機墜落之地と書かれてあります。そういう歴史もあったのですね。

 

久我神社

などと思っていたら石碑の上からカマキリがこちらを見ていました。

以上、遠賀郡水巻町にある久我神社でした!

久我神社 福岡県遠賀郡水巻町古賀一丁目11-26

場所↓