宗像市にある蔦ヶ嶽城址(城山)に登ってみたら

そのむかし第80代宗像大宮司・宗像氏貞が修築した蔦ヶ嶽城址

宗像市と岡垣町の境に位置する城山にあった山城・蔦ヶ嶽城址(岳山城・赤馬山城)に登ってみました。城山は休日ともなれば登山客がひっきりなしに訪れる場所でもあります。お子さん連れの方も多いですね。

宗像氏貞は第80代宗像大宮司として1545年~1586年の戦国時代に現在の宗像市を中心に治めた智将でもありました。病気で惜しくも42歳にして亡くなりますが、その一生はまさに波乱万丈であったようです。

他の氏家同様に毛利氏や大友氏の戦国大名の狭間で翻弄され、その時々有利な側と離合しながらも生き残りの道を模索していたようです。

それまでの宗像氏は近くにある山田地蔵尊背後にそびえる白山城を本城にしていて、許斐岳城を境とし大友氏勢力と隣接、大友氏に侵攻されたさいに一度は大島に退き領地を奪われます。が、約1年後に奪われた領地を奪還・回復拡大していきます。その過程の中で対大友氏用といってもよいでしょうか、この城山を強固な城に再構築本城とし岳山城と名付けます。後に再度大友氏に攻められますが、今度は籠城し守り抜いたそうですからさぞ堅城だったことでしょう。

最終的には豊臣秀吉の九州平定のさいに廃城となりますが、今でも当時の面影が随所に見られます。

 

蔦ヶ嶽城址

宗像市三郎丸あたりから見た城山。

 

蔦ヶ嶽城

登山口はいくつかありますが、今回は県道75号線から教育大側登山口に向かいます。ちょうど福岡教育大学の裏あたりに位置します。

 

蔦ヶ嶽城

登山道入口にある案内板。

 

蔦ヶ嶽城

手洗い場、名水としても有名で水汲みに来る方も多いですね。

 

蔦ヶ嶽城

頂上まで1010m・標高は約369mです。

 

蔦ヶ嶽城

関係者の方々のおかげできれいに整備されてあります。杖!こういう心遣いは有り難いですね~迷わず借りますよw

 

蔦ヶ嶽城

登りだしてすぐこういう風に急な感じです。

 

蔦ヶ嶽城

頂上まで530m地点。私は自慢じゃないですけど過去夏場にクソなめた格好(半袖・虫よけ無し)で登りだし、ここでUターンしたことがありますからね。まあ蚊の襲撃をかわしつつ急いで登っていたらバテただけですが。休憩しようにも蚊がすごくて立ち止まれないという負のループに陥ったあの時は夏場でも長袖・虫よけ必須だと学びましたね。。

 

蔦ヶ嶽城

で、山頂近くなってくるとこんな感じで曲輪が現れだします。

 

蔦ヶ嶽城

これはかなり厳しいですね~ 斜面には畝状竪堀も無数にあります。

 

蔦ヶ嶽城

本丸址にたどり着きましたよ。

 

蔦ヶ嶽城

二の丸。

 

蔦ヶ嶽城

山頂から広陵台方面の眺め。

 

蔦ヶ嶽城

海老津方面の眺め。

 

蔦ヶ嶽城

玄界灘方面、かすかに大島が見えます。

基本的に周囲をぐるっと見渡せて眺めもすごく良いですね。

結論、宗像市・岡垣町をまたぐ城山・蔦ヶ嶽城址はじつは見た目以上にかなりの堅城であった!

宗像氏貞が宗像氏の存続をかけて再構築した渾身の山城だったんですね~

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