遠賀郡岡垣町にある筑前岡城址 鬼麻生・家延が築城した城を訪ねて

花尾城合戦で大内氏相手に籠城し、結果移ったさきで築いた中世城郭

麻生家延が岡ノ荘28ヵ村を与えられ花尾城から移り、現在の吉木に築いたそうです。

さてどんな城だったのでしょうか、気になりますね。

 

岡城址

手前のこんもりしたあたりが筑前・岡城址です!

城門があった北側からの眺めですが、今まで居た花尾城に比べるとさすがに小規模ですね。というか可愛い感すらあるのですが。。標高40メートルだそうです。

ただ南東側に乳垂川・南西側に門田溜池・南側に熊野神社のある似たような小丘があることもこの場所に築城した一因だったかもですね。

また写真では見えませんが後ろ側には宗像四塚連山があり当時の宗像氏との境に位置しますが、当時はどちらも大内氏に属する状況で協力する立場にありましたので、さほど堅城である必要もなかったのかもしれません。

家延がこの地に来ると、当時の村人はオラが村に殿様が来ただ~と大騒ぎだったことでしょう。村人達が集まり周辺に小さな城下町が形成されていきます。現在は西側に新しい道路が出来ていますが、城址周辺はむかしの城下町の名残りがあるところです。

 

岡城址

岡城址入口で、10分~15分もあればぐるっと見てまわれます。子供の頃はお地蔵さんがいっぱいあってなんだか怖いな~と思っていた山です。たかもりやまと呼んでいましたが、吉木麻生家の最後の城主で大友氏家臣の瓜生貞延に攻められ内浦の海蔵寺で自刃した麻生隆守に由来します。

当時は毛利氏や大友氏など戦国大名の狭間で筑前のあらゆる氏家はそらもう大変どころの騒ぎじゃなかった時代です。

 

岡城址

岡城址説明板。別名腰山城とも呼ばれていたそうです。

 

岡城址

岡城址入口です。

 

岡城址

歴代城主のお墓でしょうか、ここを右手に進みます。

 

岡城址

石垣はなく天然の岩肌を利用した感じになっています。すぐ上下に道が別れますが下に行くと三の丸、上に行くと二の丸、本丸へと行けます。

 

岡城址

岡城址三の丸です。この先を進むと虎口や腰曲輪・門田溜池を見ながら本丸へとまわります。

 

岡城址

門田溜池、この池周辺には門田古墳があります。

 

 

岡城址

こちらが二の丸です。周辺に石仏がずらりと並びます、麻生隆盛の時代に亡くなられた方々を弔うものでしょうか。

 

岡城址

こちらが本丸です。

 

岡城址

古い当時のお墓がありますね。

 

岡城址

本丸から花尾城のほうを眺めます。写真右側奥の高い山が帆柱山系で中腹あたりに花尾城があります。家延さんは以前の居城を何を思って眺めていたのでしょうか、今となっては知る由もありませんね。

 

岡城址

そしてこちらは見にくいですが、現在の岡垣町と宗像市の境にある蔦ヶ嶽城址(城山)から見た筑前岡城址(写真中央)です。本気で攻められたらひとたまりもなさそうな感じではあります。。

 

岡城址

麻生隆盛亡き後は瓜生貞延(のちに吉田姓に改名)が居城しますが、隆守の祟りがあり麻生氏を弔うため後にお寺を建立したそうで、それが現在岡城址麓にある隆守院(りゅうしゅいん)です。

 

岡城址

隆守院。現在はしっかり弔われて静かに眠っていることでしょう。

以上、鬼麻生そんな異名で呼ばれた麻生家延が築城したけど、子孫隆盛の名たかもりやまとして近所の小学生に呼ばれている筑前・岡城址でした!

筑前・岡城址 隆守院 福岡県遠賀郡岡垣町吉木西1丁目14−14

場所↓(岡城址は隆守院から見ると北西に位置します)

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