黒田六端城のひとつ幻の若松城があった中ノ島に想いを馳せ片鱗に触れる旅

洞海湾をまたぐ若戸大橋下あたりにあった幻の筑前・若松城

筑前・若松城は現在北九州市若松区と戸畑区をつなぐ若戸大橋の下あたりにあった中ノ島に築かれていた城です。

↑若戸大橋の場所

筑前・若松城は関ケ原の戦いの後、福岡藩藩主となった黒田長政が福岡城築城とともに築いた出城で城主は戦国時代に黒田孝高のもとで活躍した三宅 若狭守家義でした。洞海湾の入口に位置し軍船を多く配備した海城で当時は筑前国・黒崎城、鷹取山城、益富城、松尾城、麻底良城とともに黒田六端城と呼ばれ豊前との国境を守る役割もありました。が、こちらも一国一城令によって廃城となってしまいます。

その後江戸時代末期には砲台が築かれ明治以降はコークス工場や造船所(木工船)が建設されていき、最盛期には人家が66戸ほどあったそうです。

それも洞海湾周辺の産業の発展とともに木工船から大型船へ移行していく過程の中、昭和14年洞海湾改修工事の一環で削られ無くなってしまいます。その削られた中ノ島の土や石は、現在若戸大橋東側戸畑に新若戸道路が通っている突堤型埠頭がありますが、当時埠頭造成の為にそのあたりに盛られ言わば礎になっていったそうです。船舶の航路は確保できるし、埠頭の埋め立てに使用されて一石二鳥コースだったとは知らなかった。。

↑現在の様子。若戸大橋の下にあった中ノ島が右にある突堤型埠頭造成の礎に。。まあ近くて合理的ですな。

と、それまでは古地図などで見て若松城って幻の城があったんだよフーンそうなんだという感じでしたが、若松の商店街で見た一枚の古写真からすごく気になった挙げ句の果てに当時の中ノ島にあった石にたどり着いたお話です。古城ファンは必見!!かもね。

 

中ノ島

若松の商店街(明治町銀天街とエスト本町が交差するあたり)で見かけた一枚の古写真。へえ若松駅構内の鉄道工場か~と眺めていて違和感が…大正初期に撮影された写真で、もちろん若戸大橋がなかった頃のものなのでそれだけで今となっては新鮮な感じもしますが、よく見ると奥のほうに島がある!最初は運搬船のかたまりかな~とも思ったのですが。。こうなると気になって気になって夜も眠れません。(この出典:北九州思い出写真館という本は最寄りの図書館にあれば閲覧することができます。中ノ島に関する写真はわずかですが、往年の北九州の風景が見れてそれはそれで楽しめます。)

で、

 

中ノ島

わかちく資料館に行ってみました。何度も前を通ったことがありましたが、なんだか入りずらい雰囲気でスルーしてたのですよねこちら。若築建設サイト内わかちく資料館ページです、営業時間など参考にされてください。

こちらの入口から入って右エレベーターで3Fの資料館へ。今までスルーしてたの超後悔しましたね~館内は撮影禁止となっていますが、中ノ島はもちろんのこと洞海湾周辺の歴史を知りたい方は必ず行っておいたほうが良いですね。今回お目当ての中ノ島の写真も先ほど商店街で見かけたものより大きくはっきりしたものが多かったです。古地図や他貴重な資料も数多く展示されてありました。

さすが洞海湾の港湾工事を担ってきた会社ですね、創業されてからの想いも詰まっているのでしょう。

で、一通り見学させてもらった後に、こちらの資料館の方から旧古河鉱業若松ビルの館長さんがその辺りの歴史の話に詳しいことや、当時中ノ島にあった石が戸畑図書館にある話を伺い、マジかいな!となります。それは早速石を見に行かねばと戸畑図書館へ。

 

中ノ島

やってまいりました戸畑図書館(北九州市戸畑区新池1丁目1-1←グーグルマップ)、この建物は1933年に建設された旧戸畑区役所庁舎を2014年リファイニングによってレトロ感満載の図書館として利用されています。で、写真で見るとこの図書館の右側に

 

中ノ島

これは江戸時代の筑前と豊前の境界を示す石碑で、さらに右を見てみると

 

中ノ島

これか~!この石碑となっている石が中ノ島が無くなるときに島にあったものだそうです。うん?よく見ると河(しろへんに斗)嶋記念石と書かれてありますね。中ノ島は河ト島(かわとじま)とも呼ばれていたのだそうです。さらに当時のローマ字表記にはKABAと読ませるものもあったりとかでいよいよこりゃわからんわな~となりますね。

何はともあれこちらが幻の若松城が築城された洞海湾中ノ島にあった石ということは間違いないようです!こんなところに中ノ島の片鱗があるとは。幻の若松城があった中ノ島は戸畑側の所有であった為に戸畑区であるこちらに記念石があるのですね~

中ノ島

横には昭和十四年三月なんちゃら(読めないw)と掘られていますね。ちなみに中ノ島のどこで使われていたかは正直わかりません。

 

中ノ島

後日、こちら若松の歴史に詳しいという旧古川鉱業若松ビル(HPはこちら)の館長さんに若松城や中ノ島のこと河ト(しろへんに斗)島の名前や図書館にある記念石のことなど伺いました。こちらでは上記のお話や島がなくなる前の造船所や工場があった時の配置図など見させていただき、教えてもらった三宅 若狭守家義のお墓にもせっかくなので行ってみました。

 

中ノ島

旧古川鉱業若松ビルから歩いて5分もかからないくらい近くにある善念寺。(北九州市若松区本町1丁目7−31)←グーグルMAP

 

中ノ島

寺門を入ってすぐ左側にあります三宅 若狭守家義のお墓です。

今では城址として何も残っていないある意味珍しい黒田六端城のひとつ筑前・若松城ですが、築城されていた中ノ島の面影・片鱗にふれることが出来ました。古城・戦国・黒田武将ファンならずとも戸畑図書館・わかちく資料館・旧古河鉱業若松ビルなどプチ旅行がてらまわってみるとあなただけの新しい発見があるかもしれませんよ。

以上、若松の商店街で見かけた一枚の写真をきっかけに、幻の若松城があった中ノ島に想いを馳せてみたお話でした!