遠賀郡水巻町明神ヶ辻山に登ってみた

明神ヶ辻山でちょっと変わったデザインの展望台で周辺を眺めてみた。

正式には明神ヶ辻自然公園でよいのかな。

先日訪れた水巻町頃末にある伊豆神社境内横(伊豆神社に関しては「遠賀郡水巻町にある伊豆神社 逆立ち狛犬」をご参考ください)からも登ることができます。が、今回は水巻町総合運動公園のほうから登ってみました。どちらから登ってもおそらく距離・時間的に変わらない感じかと思います。

明神ヶ辻山

水巻町総合運動公園の弓道場横に登山口があります。時間的には頂上まで10分~15分くらいかな~

 

明神ヶ辻山

こちらが入口になります。柵がされてありますが特に進入禁止とかではありませんので、隙間から入っていきます。

 

明神ヶ辻山

途中階段ではないところもありますが、基本的にきれいに整備されてあります。

 

明神ヶ辻山

しばらく登ると案内板があり、ここから階段と車道がありますがどちらからでも登れます。

 

明神ヶ辻山

到着しました。ぐるぐる巻いてますね、スロープになっていて手すりも完備されてあります。

ワクワクする気持ちをおさえて展望台に登る前にまずは公園内を見てみましょう。

 

明神ヶ辻山

むかしむかし遠賀川の岸辺にひとりの娘が流れついた…ここ水巻の地で伝承されている砧姫の物語がこのように計8個の石碑として設置されてあります。

村人はかわいそうに思い…続き知りたいですか?楽しみをとってしまうと申し訳ないので止めておきます。

 

明神ヶ辻山

さらにここ明神ヶ辻山の山頂には戦時の遺構が少しだけ残されてあります。

 

明神ヶ辻山

説明には高射砲砲台跡と書かれてあり、戦時中北九州地区防空のために陣地が構築されていたそうです。上の写真と同じようなものが6門設置されていたそうです。

このような遺構はしっかりと残して置いてもらえると、戦争を直に体験したことのない私たちには良い教訓になりますね。

ちなみに当時は日本全国このような陣地が敷かれていたと思いますが、このあたりの防空体制とはどのようなものだったのだろう?比較的当時の陣地の様子がわかりやすいサイトさんがありました→九州・下関の高射砲陣地 高射砲第4師団

マジか、こんなだったのかと今まで蓄積してきた文献や話や映像体験にプラスしてみると、戦時中どのようなものだったかの認識がさらに深まりますね。

 

明神ヶ辻山

それでは歴史の勉強もしましたので、変わったデザイン(ちゃんとデザインに意味のあるバリアフリーなものです!)の展望台に上ってみましょう!

 

明神ヶ辻山

ちょっと目が回ってきましたけど、どんどん上りましょう!

 

明神ヶ辻山

上りすぎました。。

 

明神ヶ辻山

で、こちらが北九州方面ですが木がめちゃめちゃかぶってますね。すくすく育っているようですよ。

 

明神ヶ辻山

福知山もきれいに見えますね!もちろん遠賀方面もきれいに見渡せます、基本的には一周ぐるりと見渡せて眺めがすごく良いです、一部木が伸び盛りなところもありますが。。

 

明神ヶ辻山

ちなみに正面に見える帆柱山系のひときわ高い2つの山、左側の皿倉山と右側の権現山ですが現在皿倉山622、2m・権現山617、2mと皿倉山のほうがわずかに5m高いです。が、じつは戦前までは権現山のほうが高かったそうです。戦時中の陣地の設置の際に権現山のほうがたくさん削られて標高が逆転してしまったそうです。そう考えると権現山切ないな。。

 

明神ヶ辻山

で、正面中央に見える山頂が真っ平になっている山が水巻中学校そばにあるボタ山ですが、もの凄く高かったらしくて近くにある芦屋基地の航空機が飛行するさいに支障がでるほどだったそうです。安全性に関わりますからね、それもカットされた一因であったそうです。

ちなみにこの明神ヶ辻自然公園からすぐ近くにある水巻町図書館併設の水巻町歴史資料館には特別な展示がないかぎりは、当時付近の炭鉱で働いておられた方がこの場所から撮影した写真をパノラマ化したものが常時展示してあります。

現在のように木もそこまで高くなく、当時の周辺一帯の炭鉱施設や炭住の様子が、近年の写真と比較で見ることが出来ます。大変貴重なものだと思いますし他にも古代からの暮らしに関する歴史展示物もありますので、近くに来られた際は見ておくと学びになって良いかと思います。

場所など詳しくはこちらを参考にしてください→水巻町歴史資料館HP

以上、遠賀郡水巻町明神ヶ辻山に登ってみた!でした。

なお明神ヶ辻自然公園の詳しくは水巻町役場HPのこちらのページを参考にしてください。